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福岡地方裁判所 昭和44年(む)475号 決定

被疑者 申永徳こと申相満

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する殺人未遂被疑事件につき昭和四四年六月八日福岡地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し、福岡地方検察庁検察官から原裁判の取消を求める準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立の理由は別紙検察官提出の「準抗告及び裁判の執行停止申立書」(略)記載のとおりである。

二、記録によると、昭和四四年六月七日福岡地方検察庁検察官水流正彦が本件被疑事実につき、福岡地方裁判所裁判官に対し被疑者の勾留請求をなしたところ、同裁判所裁判官綱脇和久は要旨左の理由によりこれを棄却したことが認められる。即ち、本件被疑事実(別紙事実(一)記載の事実)は同年五月二二日所謂「求令状」で同裁判所に起訴され、即日勾留状が発せられ、同年六月五日保釈許可決定のあつた兇器準備集合の公訴事実(別紙事実(二)記載の事実)と牽連犯の関係にあり、両事実は同時に発生し、捜査も当初から並行して進められているのであるから、同時に合せて一個の公訴事実として起訴することができたはずのものであつて、その一部事実についてのみ「求令状」で公訴を提起し、その勾留につき保釈許可決定が出されるや、直ちに未だ起訴されていない残部の事実につき勾留するが如きは同一事実につき二重の勾留をなすに等しく許されない。

三、一件記録によれば、被疑者が本件殺人未遂の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由のあることは認められる。よつて本件勾留請求に至るまでの捜査の経過を概観すると次の事実が認められる。即ち、

本件は、検察官提出の準抗告理由書に詳述されているとおり、福岡市箱崎地区に勢力を張る暴力団中丸組組員篠崎一雄、安河内伸也等が同組の勢力拡張を企り、昭和四四年四月二七日同地区の暴力団通天会の組長井上、同組員白石の両名を同市天代町所在の右中丸組事務所に監禁し、白石に加療一ヶ月の傷害を負わせる等して右中丸組傘下に入ることを強要し、更に和解のためと称して遊興し、その代金の支払をも強要したことに端を発し、右井上等が被疑者等通天会組員並びにその同調者を誘い込んで右篠崎、安河内等中丸組組員の行為に対する報復を企り、同人等に危害を加える目的をもつて、翌二八日午後八時頃日本刀その他の兇器を準備して井上経営の同市清川町の麻雀クラブ二階に集合し、同午後九時頃、右遊興代金の取立に来た安河内外一名の中丸組組員を殺傷し、更に同一〇時頃篠崎等に対する殺意をもつて右中丸組事務所に至り、篠崎外一名に対し交々日本刀等の兇器をふるつて斬りかかる等したがその目的を遂げなかつたというものであつて、同月二九日右安河内の死体が発見されたことが捜査の端緒となり、即日目撃者の供述等から同月二八日夜通天会組員数名が抜身の日本刀を持つて、逃げる男を追跡していた事実等が判明し、現場遺留物等から被疑者も含めた通天会グループ四名につき右安河内に対する殺人及び死体遺棄被疑事実につき逮捕状が発せられ、同年五月三日から同月七日にかけて右四名外多数の通天会グループの者が逮捕されて引き続き勾留され、―被疑者については同月三日逮捕され、同月六日安河内に対する殺人の事実(別紙事実(三))で勾留状が発布されている―その取調の結果同人等は次々に右井上、白石両名の監禁に端を発し中丸組事務所襲撃に至るまでの本件一連の事実について、細部の点においては喰い違うが大筋においては符合する供述をなし、それに基き中丸清彦、篠崎等中丸組グループの数名も右井上等に対する監禁等の件で逮捕勾留され、同人等も本件の経緯についてはほぼ被疑者等の自供にそう供述をなし、被疑者等通天会グループについては取調を要する関係人多数を理由として同月二二日まで勾留期間の延長が認められたところ、同日検察官は同人等につき兇器準備集合の事実(別紙事実(二))につき所謂「勾留中求令状」の起訴をなし、即日福岡地方裁判所裁判官より同事実につき勾留状が発布された。この間被疑者についても右一連の事実につき取調が行われ、右兇器準備集合の事実の外安河内等殺傷時の状況、中丸組事務所襲撃時の状況等についても供述調書が作成されている。同年六月五日福岡地方裁判所裁判官が被疑者につき保釈許可決定をなしたところ、検察官は即時本件殺人未遂の被疑事実につき逮捕状請求手続をなし、その発給を得て同日夜釈放直後の被疑者を福岡拘置支所玄関前で再逮捕し、同月六日付本件被疑事実についての検察官面前調書二通作成の上同月七日福岡地方裁判所裁判官に対し勾留請求をなした。

四、本件殺人未遂の被疑事実及び兇器準備集合の公訴事実との間には、後者は前者の準備行為であり、前者は後者の発展した結果であるとの関係の認められることは原裁判官指摘のとおりである。しかし兇器準備集合罪には罪質上公共危険犯的性格が多分に認められ、その発展した殺傷犯等との関係については牽連犯説と併合罪説に分れて見解の対立をみ、捜査の段階においては未だいずれとも決し難いこと又検察官主張のとおりである。しかしながら本件においては、右両事実の間には(一罪か数罪かの法的見解は別論として)実質上両者合して一個の社会的事実と目され、後者の動機、結果等に関する捜査は同時に前者に関する捜査に当るという関係が認められ、しかも本件においては起訴前の勾留事実たる殺人(安河内に対する)の被疑事実と右公訴事実との間にも右同様の関係が認められ、前記捜査の経過によつても明らかなとおり、当初から全事実が不可分一体の事実として捜査が進められているのであつて、右殺人の被疑事実についての勾留は実質的には右全事実についての起訴前の勾留として利用されており、同勾留期間満了間際に(しかも関係人多数を理由に勾留期間の延長が認められて後)同時に並行して捜査が進展し同時に処理可能であつた事実のうち、実質的には他事実の準備行為に当る兇器準備集合の事実についてのみ勾留中求令状で公訴を提起し、同事実に対する勾留につき保釈が許されるや、形式的には未だ勾留の基礎とされていない残余の事実につき逮捕勾留を繰り返すというが如きは、所謂勾留のむし返しであつて、起訴前の勾留につき厳格な時間的制約を設けた法の趣旨を没却する違法な行為と言うべきである。

よつて本件勾留請求を違法として棄却した原裁判はその結論において妥当であり、その余の点を判断するまでもなく本件準抗告は理由がないことに帰するので、刑事訴訟法四三二条、四二一条一項を適用してこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(別紙略)

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